北海道旅行で骨折し、1ヶ月入院したはなし

病院 旅行貯金の旅

その1 費用が掛かります

今年令和8年4月に17年ぶりに札幌に行きました。一人旅が好きな私がなぜそんな長い期間札幌に行かなかったのかといえば、「トラウマ」があったからです。
そのことを書くと同時に、同じように旅行中に骨折した方がいたら参考になるように記載していきます。

事故発生

前回2008年に札幌に行ったとき、冬の1月、着いたその日にホテルにチェックイン後すぐ、「山鼻9条」市電停車場前で滑って足首を骨折し、約1月入院となりました。

本来ならば救急車を呼んで搬送していただくのですが、ちょうどタクシーが通りかかり送っていただいたのが「札幌中央病院」でした。

入院後の毎日は手術まではCTを撮ったり、割と忙しく進んだのですが、手術後は抜糸からギブス固定までの3週間ほど特に何もやることもなく、ぼーっと過ごしました。

最初は6人部屋に入ったのですが、中学校時の虫垂炎以来の入院で、周囲の音になかなか寝付けず、手術後はちょうど空いた一人部屋に差額を払って入室させてもらいました。

看護師さんの間ではこの個室「特室」と言われていました。AタイプとBタイプがあってお値段は1万円と7千円だったと思います。20日ほどB個室に入ったので、14万円ほど追加でかかりました。

当時私はsony mobileのPHS回線でW-ZERO3という「windows mobile」OSのスマホの走りのような機種とソフトバンクの携帯910SHを使用していました。電話は面談ルームなどでしか使えないのが原則でしたが、個室では自由に使うことができました。職場への電話や生命保険会社への診断書等の確認など、ベットの上からでも可能な手続きはこちらで済ませました。

特に他はやることもなく、奥さんに雑誌を買ってきてもらったりして、あとは毎日の食事を楽しみにしていました。北海道の病院の給食ってなんかとてもおいしかったです。ほぼ毎日写真に撮っていました。910SHは高性能カメラが付いたシャープの携帯で写真をとてもきれいに撮ることができました。

2歳の長男君はどこへ

当然家族旅行なので奥さんと長男君も一緒でした。入院が1か月ほどになると聞き、長男君は横浜市の保土ヶ谷区に住む父母に預けることにし、奥さんには羽田まで往復して連れて行ってもらいました。なれない札幌の雪で風邪をひいてはかわいそうなんで。
羽田空港には父と母が迎えに来てくれ、実家に連れて行きました。2歳児ですからアスペであってもなんであっても同じようなもので、連れて行ったら翌日にはすっかりなじんでいたそうです。
お風呂の入浴などは父が世話してくれて、一緒に入ってくれましたが、「いやー大変だったよ」とかいろいろ言われましたが、とても楽しい3週間だったようです。4年後には父はなくなってしまいました。今思うとこの迷惑をかけたことが一番の親孝行だったような気がします。
実家には遊び道具が何もなかったので、ブロックや絵本など何点かをアマゾンから送付しました。W-ZERO3はPHS回線なので、速度的には遅いのですが、キーボードはとても便利でした。

退院して横浜に帰るまで

手術から3週間後の抜糸のあと、主治医の先生が石膏でギプスを作ってくれました。包帯をぐるぐる巻きにしたあと、本当に瀬戸物を作るくらいに手でこねこねして、石膏製の立派なものが出来上がり、「このギプスに記念に私の名前を書いておいてあげようか」などと冗談もおっしゃっていました。とてもいい先生で感謝に堪えません。
ここで同じような体験をする方にアドバイス!ギプスには足が付くんです。つまり、右足だけ4センチくらい高くなります。このため左足に履く靴はある程度かかとのあるもの、しかも滑りやすい札幌でも大丈夫なように金属の滑り止めのついたものが必要です。これ、意外と高いんです。
帰りは札幌から新千歳空港までと羽田から自宅までそれぞれタクシーで帰り当時で合計3万円くらいの費用が掛かったと思います。

また、松葉杖も購入するには発注から1月くらいはかかりますので、準備は早めがいいです。なお、北国の松葉杖は滑り止めのアイスピックが付いた特性になります。路面がてかてかですから。
余談ですが、整形病棟のおじんさでこのつるつるの路面で自転車で滑ってろっ骨を折って入院していらっしゃる方もいました。「やっぱり自転車が楽だから」と言っても「勇気あるナー」と思いました。

2008年のすすきの市電ですが、道路はつるつるです。

横浜帰着後 

ギプスは足のリハビリにはあまりよくない

後日横浜に帰って紹介状を持って南部病院に受診したら担当の先生は「ギプスすると関節の機能回復が遅れるからシーネ(いたみたいなもの)に変えようね。」と言って電ノコで苦心策のギプスを「ぱかっ」っと割って、「ぽいっ」とゴミ箱に捨てていました。なんか寂しかったです。南部病院の先生も大変いい先生でよかったです。
職場はまだ1月半ほどお休みしたほうがリハビリによいので、診断書を書いていただきました。特に封はされていなかったので、家に帰って確認すると、右足なのに「左足関節脱臼骨折」と書かれていて、翌日リハビリの際、直していただきました。「ぽん!」とシャチハタを押して、左を右に書き換えてくださいました。ひと月後と半年後の2回に分けて固定していた金属の釘を抜く「抜釘」を行いました。入院はこりごりだったので、「通院でも大丈夫ですか?」と恐る恐る聞いたところ、「いいですよ」と言ってくださいました。

これ、半年後に抜いた金属なんですが、ほかに横にボルトが入っていて、それは札幌での手術1か月後には抜きました。「これが入っていると可動域が制限されるので、将来固まってしまうと動きづらくなる」とのことで、少し怖かったのですが、今から考えるとよかったです。

今でも足は関節が少し曲がりにくいかなとも思うのですが、歩行やランニングには支障がありません。
それから17年もたったのですね。札幌についてまず向かったのは、思い出の「札幌中央病院」です。
新しくなっていました。

ここからはその2に続きます

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